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最高裁判所第一小法廷 昭和62年(あ)908号 決定

国籍

韓国(全羅南道長興郡長興面東里一六七番地)

住居

東京都港区麻布永坂町一番地五四 麻布永坂ハウス七〇一

無職(元会社役員)

周文三

一九四六年七月二五日生

右の者に対する所得税法違反被告事件について、昭和六二年七月一日東京高等裁判所が言い渡した判決に対し、被告人から上告の申立があったので、当裁判所は、次のとおりと決定する。

主文

本件上告を棄却する。

理由

弁護人神宮壽雄、同小林茂実の上告趣意のうち、違憲(三一条)をいう点は、実質は単なる法令違反の主張であり、その余は、量刑不当の主張であって、刑訴法四〇五条の上告理由に当たらない。

よって、同法四一四条、三八六条一項三号により、裁判官全員の一致の意見で、主文のとおり決定する。

(裁判長裁判官 大内恒夫 裁判官 角田禮次郎 裁判官 高島益郎 裁判官 佐藤哲郎 裁判官 四ツ谷巖)

○上告趣意書

昭和六二年(あ)第九〇八号最高裁判所第一小法廷係属

所得税法違反 上告人 小沢大助こと

周文三

右の者に対する頭書被告事件について、弁護人の上告趣意は左記のとおりである。

昭和六二年九月三〇日

弁護人弁護士 神宮壽雄

弁護人弁護士 小林茂実

最高裁判所第一小法廷 御中

第一 原判決は憲法第三一条に違反する

原判決は、昭和五五年に行われた渋谷税務署の大宝物産に対する税務調査において、田村順一名義の借入金が問題になった際、右田村順一が被告人自身であることを秘匿し、昭和五七年に行われた同税務署のレインボーに対する税務調査においても、右事実を秘匿し脱税を継続してきたことを考えると被告人の刑責は相当重大であるという。

ところで被告人は、大宝物産及びレインボーに対する貸付金につき田村順一名義を使用したものであるが、田村順一が仮名であり、その住居とされている住居表示そのものが存在しておらず架空であること、会社の支払利息について田村なる者から領収証を徴していないこと、小沢グループ各社には借入先別ファイルがあるが、田村順一名義についてはそのようなファイルがないこと、他の借入先については最終返済期日及び担保の約定があり田村順一名義については多額の借入れであるにもかかわらず、これら約定が全くなされていないこと、多額の借入れ先であるのに会社で田村順一を接待した記録が存在しないこと、会社の銀行提出用の借入金残高表には田村名義の借入が被告人自身からの借入であることを明らかにしていること、昭和五七年一〇月一二日のレインボーの増資に際し、被告人の増資払込金一億六〇〇万円が田村順一名義の借入金返済と資金的に連動していることなど、田村順一からの借入金が被告人からの借入金であることの痕跡を多数残していたのである。

このように被告人は、大宝物産とレインボーに対し田村順一名義で貸付をしていながら、真の貸主は被告人であって第三者ではないことの痕跡を多数残しているのであるから、税務署では、法人に対する税務調査の結果、田村順一が仮名であり、その住居される住居表示そのものが架空であることのほか、真の貸主は被告人自身であって第三者ではないことの前記痕跡のいくつかを知った筈である。そして、税務署は第三者からの借入れとすれば、余りにも長期にわたり元本に組入れるだけで現実の利息の支払もなく、元本の返済も全くなされないのは、極めて不自然であることから、第三者は存在せず、田村順一は被告人本人と判断したとした考えられない。しかも右法人に誓約させた内容からすると、田村順一名義の借入れは被告人本人からのものであるとの強い疑念を持ったからこそ強力に指導できたものとしか考えられない。

すなわち、右のような強い疑念を持たなければ、右法人の田村順一名義による借入金利息につき、市中金利より高い部分の日歩四銭分を自己否認させて法人に修正申告の上納税させることや、市中金利相当の日歩四銭分について以降実際に利息を支払うことや、田村順一名義の借入金を新規発生させないことのほか、向こう六年を目途に田村順一名義の借入金を返済することなど、右法人にとっても個人にとっても極めて利害の大きなことを内容とする誓約書を徴求することは出来なかった筈である。また、真実第三者が存在するのであれば、法人としてもその第三者のため、右のような内容誓約書に安易に応ずることはできない筈であって、そのことも税務当局は承知していた筈である。

しかも極めて重要なことは、昭和五五年の税務調査の際の誓約書で『今後新たな指導によりこの方法が全面的に覆えされてもやむを得ない』ことを誓約させておきながら、その後の同五七年の同署のレインボーに対する税務調査においては、特段の指導はせず、単に『指摘された事項については、前回の誓約期限までには必ず返済する』ことを誓約させるとともに『前回の誓約書に誓約した事項について実行できなかった場合、全面的に覆えされてもやむを得ない』ことを内容とする誓約書を提出させているのである。

以上のような経緯からすると、昭和五五年の税務署の調査により誓約書を提出したときから六年後までに田村順一名義の借入金を処理すればよいとの暗黙の了解が税務署と被告人及び右法人との間に当時できていたものと受け取ることができる。

そこで税務署としては前記のとおりもう一歩進んで、田村噸一名義の貸付金利息を法人に全部自己否認させるか更正し、他方その後法人が田村順一名義で現実に支払った利息について被告人に修正申告するよう強力に指導すべきであったし、そのように指導することも可能であったと思われる。しかるに、右税務署のいずれの調査においても、永年税務署勤務経験を有する被告人及び右法人の顧問税理士明場四郎を通じ税務署の指導を仰いだところ、右のような妥協的な指導をなし、かつ右税理士は、被告人から右指導による誓約書通り実行すればよいのか問われて、自己の長年の経験から税務署の指導どおり実行すれば問題はおこらない旨返答したため、右被告人をして税務署の指導どおり実行すれば後に問題を惹起することはないものと信じさせ、被告人の本件犯行を助長させてしまったものと思料される。

しかも、本件査察調査の直前の昭和五九年一月から四月にかけてレインボーに関し、国税局調査部の調査を実施しているが、このとき国税局は田村順一名義の借入金については問題のあることを知っていた筈であるのに特段の指摘をしなかったのである。

そして、右経緯からすると、本件は当初から税務当局が田村順一名義による真実の貸主は被告人であることを知りながら、しかも被告人が被告人名義はもとより田村順一名義で受取利息を税務申告しないことをも知りながら、日歩四銭分を現実に支払わせることによって被告人の実質所得を形成させて査察調査を実施しやすいようにしたのみならず、六年間との前記約束を反故にして本件査察調査に入ったものと見うるのである。したがって、このような税務当局の対応は、調査段階におけるおとり捜査にも比肩する違法な行為というほかなく、本件に関する査察調査及びその後の検察官による捜査は憲法第三一条に違反するものというべきであり、この点を看過した原判決は憲法第三一条に違反するものというべきである。

第二 原判決を破棄しなければ著しく正義に反する

原判決は、昭和五六年ないし昭和五八年分の被告人の所得につき、合計四億五〇〇〇万円余の所得税をほ脱したという本件で、ほ脱税額が巨額でほ脱率も通算で九三パーセントに及んでいること、本件の一部は執行猶予中の犯行であること、大宝物産等に対する二回に亘る税務調査において、田村順一が被告人自身であることを秘匿し脱税を継続してきたことを考えると被告人の刑責は相当重大である、とし被告人が本件脱税分について修正申告のうえ、本税、附帯税及び地方税を完納したこと、被告人が反省の態度を示し贖罪のため各方面に多額の寄付をしていること、被告人はいわゆる小沢グループに属する各会社の実質上の統轄者で多数の従業員を抱えていることなど被告人のため酌むべき諸事情を十分考慮しても被告人に対し懲役刑の執行を猶予するべきものとは認められない、として被告人を懲役一年六月の実刑に処している。

しかし脱税額が巨額になっているとはいえ、本件税務署による調査まで被告人は本件利息収入を直接手にしておらず被告人の実質所得を形成していないこと、また、ほ脱率が低いとする点については、小沢グループの昭和五六年から同五八年までの三年間の法人の申告所得は合計で約三五億円であるが、右の三年間の小沢グループ各社の株主は実質上被告人一人であったことから、実質上小沢グループの所得は小沢個人の所得とみうるため、実質的にみるため本件被告人の三年分の所得六億円と右小沢グループ全体の所得とを合計すると四一億円以上であり、これにより被告人の本件によるほ脱所得の割合を見ると約一四、六パーセントとなるのであって決してほ脱率として高率とはいえないこと、被告人は本件に係わる本輿附帯税及び地方税を完納しているのであり、その納付した合計額はほ脱所得の一一八パーセントにもなっているのであって、これにより、国家課税権侵害による被害は回復しているばかりではなく、これにより被告人は既に重い税負担を受け、これを納付することにより実質的に大きな経済的、社会的制裁を受けているほか、更に本件により罰金一億二〇〇〇万円をも納付しなければならず、この負担及び査察調査以降の精神面をはじめ家庭生活上、事業上において多大な打撃をうけたことなどの諸事情を考慮すると被告人としては既に刑罰に比肩べき相当の社会的制裁を受けたと言っても過言ではない。

被告人が、小沢グループの実質上の統轄者として多くの従業員を抱え、事業活動を通じ社会的に活躍していること、会社の監査体制の強化等及び被告人の自覚とあいまって再犯のおそれのないこと、その他被告人の年齢、経歴、家庭の状況のほか、わが国の所得税法が累進課税を適用しており、超八〇〇〇万円の所得に対し七〇パーセントと極めて高率であり、これに地方税一八パーセントが加わるのであるから極めて高率であることから、わが国でもこのような税法を改正する方向にあること、被告人より多額の脱税事件で執行猶予となっている事件もみられることなどを考慮すると、今回の脱税事件で被告人を実刑にまでしなければならない理由は到底見出し難くかつ警世的効果も期待し難い。

そして被告人につき、実刑を是認した原判決は著しく正義に反し到底容認し難く破棄されるべきである。

よって、本件上告に及んだ次第である。

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